カンボジアもベトナム同様に悲惨な近代史のある国で、特に
プノンペンには、ポルポト時代の収容所で殺害された何人もの人の
顔写真や拷問器具などが展示してある、「トゥールスレーン刑務所
博物館」やトゥールスレーンから運ばれた人が大量に殺害されて
頭蓋骨の積み上げられた塔のある「キリングフィールド」などが
あるので主義・主張等が違うだけでこうも人は残酷になれるのかと
暗い気持ちにさせられた。
ただ、プノンペンで出会った人達といえばプノンペンに行く途中に
知り合った日本人の人とアリを食べてしまったレストランにいた
言葉もろくに通じないのに仕事もせず、ずっとこっちのテーブルに
居ついてたウエイターやニコニコしているだけのウエイトレス、
フロアのチーフクラスっぽい3人兄弟。
別の日には、酔っ払いのシクロドライバーとポリスとその友達に
イングランド人と我々を加えたわけの分からない3カ国交友を
してみたりとでとにかく明るかった。
国内が安定してそう時間がたっている訳でもないのに本当に
それを感じさせない人達ばかりだった。
移動したシェムリアップは観光の町と行った感じで外国人観光客で
溢れ返っていた。
アンコールワットとその周辺の遺跡は、初日にトゥクトゥクを
貸切って、「アンコールワット」「アンコールトム」「タケウ」
「タプローム」あたりの主要遺跡を周り、2日目は自転車で
40km弱走り外周の遺跡を周り、3日目は「バンテイスレイ」や
「地雷博物館」をトゥクトゥクで周ったので大体の遺跡を
見ることが出来た。
特に大した形容詞が思いつかないのだけど、本当にただただ凄い
といった印象でした。
でも、遺跡にならぶくらい楽しかったのが物売りの子供との接触。
だいたいどこの遺跡にも食事を取れるようなスペースがあり
遺跡から戻ってくると各テントから営業がかかる。
店の営業も熱心なので、2000リエルのコーラを4000リエルと言って
いる店にあたったら隣に料金を聞くと2000にしてくれたりする。
さらにそこでコーラでも飲もうものなら、物売りの子供が
やってくる。
こっちも大概の場合は、買わないのだが笑顔で断るようにしている
のが良いのか悪いのか大体3〜4人に囲まれる。
「1ドル買う」をずっと繰り返し言っているだけの子や、
「どっから来たの?」とか会話をしているだけで営業してこない子や
何故か花の絵に自分の名前を入れてくれる子まで実に様々で
こんなやりとりをしていると1人旅の寂しさも薄れてくる。
とにかくカンボジアの子供は良く働くしたくましい。
この子達が居れば今後のカンボジアは大丈夫なのかなと実に
お気楽な考えすらもっとしまった。
まあ、カンボジアも遺跡は凄かったんだけれどもやはり人との
関わりが面白かった。
ちなみに移動してきたバンコクは本当に大都会でトゥクトゥクの
営業も少ないし、物売りもやってこないのでちょっと孤独感が
感じてます。